(2011.11.03)
■案件処理演習(インバスケット)とは
案件処理演習(インバスケット)とは、特定の状況下にて、正味2~3時間ほど、数十の未決案件書類を決裁処理をする演習である。特定状況下とは、誰とも相談できないような状況設定である。なぜそような状況にするのかと言うと、上述のように、意思決定の局面で、その人がどんな動機やスタンスでどんなプロセスをたどったかを浮き彫りにして、あとでそれを自分でくっきりとなぞって深くふり返るためである。未決案件は、部下からの意見具申、報告、要望、不満のたぐい、上司からの指示、他部門からの依頼、連絡、催促、顧客からのクレーム、外部機関からの要請と実にさまざまな案件が飛び込んできている。それが未決箱に収まった状態をイメージした演習なので、インバスケットと言うのである。
この演習を行うと、人はどうして同じ書類を読んでいるのに、こうも着眼が違うのか、反応が異なるのか驚くばかりである。ある人は、このような案件は、今すぐ取り組む必要はないと保留にする。そうではなくておおらかに「君がよきにはからえ」と部下に指示する人もいる。別の人は、「大至急こうせよああせよ」とたいへん事細かに指示を書く。同じ取り組むにしても、自分には決裁できないのでなどと上司に回す人もいる。私の部署の問題ではないと、他部署に依頼する人もいる。むろんこれらの反応は、例として述べただけで、一般論としてどれが正しく、どれが適切でないと言うことはあり得ない。与えられた状況のもとで適切であったかどうかが問われるのである。
部下の能力を信頼しきれる状況ならば重要案件であっても緊急度が低ければ「君がいったんよきにはからい報告せよ」でも良いだろう。しかし、やり直しが決してきかない、しくじったら終わりと言うせっぱつまった緊急場面で、「組織とはまず部下がどうしたら良いか上司に具申すべきで、上司はそれを待ってから決裁すればよい」などと形式論を言っていたら、決定的なロスを招いてしまうかも知れない。指示は詳細な方がよいか、簡潔な方がよいかなどと言う一般的議論も実際はほとんど意味がない。複雑な背景で微妙な状況判断が必要な時の指示は、趣旨をよく伝えるために、手厚い指示にならざるを得ない。あまり重要でも緊急でもない件なら、当然簡潔になる。
何が妥当で適切かは、常に状況によるのだ。このようなことは、むろんちょっとしたリーダーシップの書物をひもとけば必ず書いてある。問題はそのようなことを知っているかどうかではなく、現実の場面で状況に符合した妥当な判断、意思決定ができるかどうかなのである。そう言うことができる人のほとんどは、机の上で行動科学などは勉強したことがないだろう。厳しい実戦の試練の中で努力と成果を積み上げてきた人々である。
この案件処理演習を行うと、そうした意思決定の多様さ、質的妥当性が、まるで鏡に映すように自分でよくわかるのである。そうした仕事の進め方、業務遂行の質的差異を、相互フィードバックを通じて、受講者は深く自覚するのである。