人事考課用のクライアント固有のオリジナルケーススタディを書き終えた時には、大変僭越ながら、少しだけ作家気分のようなもの味わっています。
どうしてそう感じるのかと考えてみると、いちばんの理由は、会話を組み立てるときの作業にあるのだと思います。魅力ある小説や物語は、会話が活き活きしていて臨場感や現実感がとても高いものです。優れた作品は情景や心情の描写もさることながら、何と言っても会話の流れに迫真の力があり、感動を与えます。逆に言えば、場所がら立場がらや、状況の上で、こんな物言い、こんな言葉づかいがあり得るだろうかと読者に感じられるようなものは読んでいてもちっともおもしろくありません。
人事考課のケーススタディも同じ原理なのだと気づいたのは、この仕事を20年以上前に始めて少したった時です。会社のビジネスや操業の現場と言うのは生き物ですから、なるだけそれをフレッシュなまま人事考課教育の教室に持ち込まなければなりません。食物の鮮度を保つ冷凍保存に当たる原理と技術が、この場合にも幾つかあります。
そういうものを踏まえて、会社が選んでくれたインタビュー対象者に向き合います。最初の幾つかの質問を発し、活き活きしたお話が出て来るまでの、あのお互いぞくぞくとした気持ちと言うのは、私たちのような仕事にとってはまさにひとつの「真実の瞬間」です。活き活きしたストーリーと言うのは、たとえばコンピテンシー面接の社内面接官を行ったことがある方ならわかるでしょうが、そう簡単に機械的に出て来るものではありません。そういうことを話したい、ぜひ聞き置きたい(もちろん守秘義務厳守です)と言う相互の一心不乱なものが符合した時に糸が紡がれるように感じます。
活き活きしたお話は、ここではまだ素材ですから、それら様々な素材を組み合わせ、味付けを工夫して編成し、物語(ケーススタディ)にしてゆかなければなりません。ここは本当に苦しくて楽しい作業です。今度は「専門職の瞬間」とでも言えばよいでしょうか。
こうした真実の瞬間を経ないまま、抽象的な概念の講義やあるべき論、昔の大学者の学説的統計などを聞かされるのは、私も昔は会社勤めだったからわかりますが、たいへん退屈なものです。
ケースが、会社の置かれた事業環境、当事者たちの立場や心情を踏まえ、本当に活きた会話、活きたストーリーになっている時、教室での討議は、受講者の方々に大変深いふり返りをもたらすことになるのです。
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