論文その一:「育成型コンピテンシー面接の活用」
論文その二:「人事考課の3つの目的」
論文その三:「人事考課問答」
❖上記論文を、アップいたしました。ダウンロードファイルにてご覧いただけます。コンサルティング&研修メニューからどうぞ!
論文その一:「育成型コンピテンシー面接の活用」
論文その二:「人事考課の3つの目的」
論文その三:「人事考課問答」
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先週から今週にかけて、東京、大阪にて『真に効果的な人事考課者教育の進め方』セミナー実施いたしました。ご参加いただいた皆様には、心から感謝いたします。お蔭様にて、以下のようなお声やアンケートを多く頂戴いたしました。
こうした反響を受けて、名古屋でも、5月17日に同内容のセミナーを計画いたしました。中部地方周辺の方々のご参加を心からお待ち申し上げます。
また当社代表の横山の宿論でもある、人材の評価の主体としての二元的役割区分〜会社側による節目のアセスメントと、ライン部門の上司による日常の人事考課〜のうち、前者に焦点を当てた内容が、4月16日、24日に大阪、名古屋で計画した「昇進昇格前後の人材評価と動機づけ、行動変容の進め方」セミナーです(主催は中部産業連盟で、横山が講師を勤めます)。こちらの側面にご関心のある方々のご来駕をお待ち申し上げます。
セミナーにご参加くださった方々のご健勝、ご発展を心からお祈り申し上げます。
東北大震災の余震も止まない3月中旬、郷里で活躍していたひとりの幼なじみが、数カ月の闘病の末亡くなった。過去40年、親友であり続けた男が逝ってしまった。
訃報を聞いた時、約束の仕事で西日本にいたため、ご葬儀に駆けつけることもできず、お母上にお電話にて非礼を謝して、数日後、ようやくご自宅にて霊前に向き合った。この家郷の街で、40年間、互いのホンネを語り、お酒をくみかわした男が今はいない。お母上とご妻女に問われるままに、40年間の交流を、2時間余お話申し上げた(お子さんはいない)。お二人が初めてお聞きになった話柄も少なくなかった。少年時代の本当に楽しい思い出、青春期の酸味の強い語らい、互いに家庭を持ってからは、ほろ苦いおとなどうしの相談の数々である。それにしても、彼の明るいお人柄を映してか、服喪の慎みを思わず忘れるような愉快痛快な出来事も数々あった。
1年か2年に一度は、彼とそうしたことを夜更けまで語り尽くしたものだった。その翌朝は、いつも私を最寄り駅まで送って行くとご妻女に言いながら、やはり前夜来の話も尽きず、新幹線の止まる隣町まで車で送ってくれたのだった。途中、心配されたご内儀から、「道が混んでいるの?」と携帯電話がかかって来るのも常であった。「いやなに、いろいろ話の続きがあってね」。もうそれらを語る事もできない。互いの人生を、真に語れる友など、そう簡単に得られるものではない。
ご内儀のご配慮にて、数カ月前からの闘病は私を含む親友達には知らせていなかった。そして年賀状は全くいつも同じ調子だった。私はその日、遺影の前で声に出して語りかけた。互いに子供の頃から交わした地元の方言である。「おめえ、さぞかし、つらかったんべなあ・・・・・。また来るからな。さびしがんなよ・・・・・・。そっち側から、お母さまと奥様をしっかり守ってくんなよ。頼むよ・・・・・」
辞去する時、お母上が、「本当に、ご立派になって」とご落涙された。言葉もない。しばし黙したのち、「また参ります、どうかおすこやかにお過ごしください」と小声にて申し上げた。
この日は、もはや隣町の新幹線の駅まで送ってくれる友はいない。とっぷりと日も暮れた。運転間引きの在来線の駅の構内は、節電して薄暗く人影もまばらでだ。同行したもうひとりの友人と、その寒々しい待合室で、50分ほどの待ち時間、お通夜の代わりに、冷たい缶ビールを飲んで、懐かしい3人共通の思春期を語った。
早春は、どこかもの哀しい。
このたびの大震災に被災された方々に、心からお見舞い申し上げます。
親しくさせて頂いた少なからぬクライアントの方々が被災し、
操業に大きな支障を来しておられます。
1日も早い復旧をお祈り申し上げます。
また、私のような仕事において窓口となってくださる人事部や総務部の方々は、
諸対応に追われて本当にお忙しい日々かと存じます。
どうかくれぐれもご自愛くださいませ。